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2016年7月19日 (火)

負いきれなかったくびき

話の主題がクリスチャン生活なので、少々ややこしいです。長く疑問に思っていたことが解決しました。

"(人の心の中を知っておられる神は、)私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。それなのに、なぜ、今あなたがたは、私たちの先祖も私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。"(使徒の働き)

イエス様の十字架による罪の贖いのための死と、贖いが完了したことを示す復活の後に、異邦人信者が多く起こされました。聖句は、その異邦人信者にもモーセの律法を守らせるべきだとするユダヤ人信者に対してペテロが言った言葉です。
罪は心に働きかけてあらゆる律法に反する行いを引き起こします。この原理によって私たちは律法を守ることができみません。「むさぼってはならない」とあればむさぼり、「嘘をついてはいけない」とあれば嘘をつきます。これが"負いきれなかったくびき"です。
このくびきはもはや負う必要はありません。律法は素晴らしかったのですが、誰一人義とすることができず廃止されました。イエス様の十字架によって全うされたのです。
そして、"彼らの心を信仰によってきよめてくださった"とある様に、信じた者は律法に対して守る自由と守らない自由を持つために、この自由を行使するための選択能力を神様からいただいています。
イエス様の救いを受け入れておられない方は神様に義とされる方法が有りませんし、選択能力も有りません。イエス様が完成された救いを自分のためだと信じることで神様の前に義と認められます。受け入れてください。

救いは恵ですから、それぞれの人にそれぞれの形で成就します。まず何をしても義と認めらるようになります。そして実際の行いを正しくしていただけます。
神様は回心(心が変えられる)と良い行いを備えてくださいます。損をしても、悲しんでも、正しい行いができるのは幸いだと思います。

Image神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)

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