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2016年6月24日 (金)

信じない者にならないで、信じる者になりなさい

自分の罪に対する思がわき起こったり、明日への不安で潰されそうになったり、死後に対する思いがいつも心の片隅に有ったり、そんな生きるのに邪魔でしかない機能が淘汰されないのは、人間がそのように造られている証拠としか思えてなりません。

"トマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」(ヨハネによる福音書)"

イエス様が復活された後に弟子たちの集まる所に姿を現された時のことです。一度目に姿を現された時にトマスは居なかったので、聖句の通りにしないと、イエス様の復活を信じないと仲間に言いました。
イエス様の手には杭を打たれた穴、脇には槍で突き抜かれた穴があります。トマスはこの言葉の後、信じたことを言い表します。
二度目に姿を現された時の記述はこれしかないのでトマスが信じるために来られたことになります。イエス様は私たちが信じるためなら何でもしてくださいます。なぜなら信じないことであなたを失うことは、あまりにも大きな悲しみからです。その最も大事なことが死後に神様の恵みの無い世界で永遠に暮らす痛みです。私たちはそれを認識していません。この神様との温度差を問題だと思わない自分中心な判断は罪の性質からきています。
この聖句の後、イエス様は見ずに信じる者は幸いですとおしゃいました。私たちはイエス様を見ることはできません。それでも信じることができることを意味しています。もし信じるための条件があるのならイエス様に願ってください。

どうか信じない者にならないで、信じる者になってください。人間の弱さに対処する秘訣を得ることができます。

Image神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)

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