« 安眞 朱文 | トップページ | それが神のわざです »

2016年6月 3日 (金)

わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者

あるクリスチャンの集まりに参加していた時に、心から喜び、分かち合う人たちを見ていて私もそうなりたいと思いました。その集まりの特徴は神様の偉大さに触れること、イエス様の直接的な愛に触れることを心から喜んでいたことです。そして私は変わり、クリスチャンの集まりで喜ぶ者と成りました。

"まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。"(ヨハネによる福音書)

今は聖書からしかイエス様のことばに触れることができません。当時に比べると限定的なのかと言うと、逆に聖書が包括的に書かれているので我々の方が恵まれていると言えます。イエス様の言葉を聖書から聞き、その一つにでも信じ身を委ねることができれば、イエス様を遣わされた方すなわち神様を信じたことになります。
聖書は物理的には人間が書いたものですが、"聖書はすべて神の霊感による"と、その聖書に書かれています。この世で神様にお会いできるところは聖書しかありません。聖書は神様からの愛のメッセージ集です。
聖書は"教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。"とあります。ここで言う聖書は旧約聖書なので、律法に対する言及です。律法は良いものでしたが全ての人を罪に閉じ込めてしまいました。人が行いによる義を立てようとしたからです。イエス様の十字架による贖いが信じる者を罪からから解放しました。信仰による義です。その結果、律法は道徳的な意味合いでしか役割を持たなくなりました。
信じるだけで良いのですから神様の恵みに他なりません。神様の義が立てられました。
神様の恵みによって、イエス様の言葉を聞いて神様を信じる者は永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っています。

イエス様の言葉を吟味して自分のものとされることをお勧めします。

Image神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)

Posted from kepaddictus at Facebook

« 安眞 朱文 | トップページ | それが神のわざです »