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2016年6月 6日 (月)

羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます

これでいいのかと悩むのは疲れます。これでいいのだと悩むのも疲れます。未来のことがわからない、周りで何が起こっているのかわからない、が原因です。
狭い視野では何らかの結論を見いだせますが、正確性を欠いていることは否めません。これが論争を引き起こしているのだと思います。
では、どうしましょう。

"彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。"(ヨハネによる福音書)

彼は羊飼いでイエス様のことです。羊はイエス様を信じるクリスチャンです。イエス様を信じるものはイエス様の声を知っています。ですから誤った導き手についていくことはしません。また羊は羊飼いの行き先は知りませんが、何の疑いもなく良い草原に連れて行かれます。つまりイエス様を信じる者は何の疑いもなく良い未来に連れて行かれます。
私は良い羊飼いの群れで暮らし、彼に導かれるままに歩んで行きたいと思っています。ですが迷い出ることが度々あります。見えない目でよそ見して立ち止まってる間に置いて行かれるのでしょうか。鳴きながら待っていると羊飼いが群れを置いて探しに来てくれます。

私は自分の考えに固執するのをやめました。と言うのは必ず間違うからです。固執の大半は正当化になってしまいます。そんなことに一生懸命になっても現実は何も変わりませんし、一向に居心地が良くなりません。それに多くのものを失いました。
今では、脳は意外と柔軟なんだと考えています。

Image神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)

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