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2016年5月19日 (木)

求めなさい。そうすれば与えられます

寒いの止めてと願っている人と、寒さを喜んでいる人がいたとして、この二人が同時に願ったら、どちらかはかなって、どちらかは無視されたとするのだろうかと考えてみました。結果、私にはよくわかりません。そもそも、こういう考えは思い違いをしている様にも思えます。
自分の願いが叶って、誰かが失うのは楽しくないという思いもあり、これでは常に負けになります。


"わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。"(ルカによる福音書)

この聖句の前に友だからと言う理由ではなく、あくまで頼み続けるなら、頼みを聞いてくれるとあります。私も見ず知らずの人に頼み込んで、聞いてもらったことがあります。
別の聖句に神様はあなたが頼む前に何が必要か知っておられますとあります。また、悪人でも自分の子に良い物を与えるのだから神様が下さらないことはないとあります。
ここには二つのことが示されています。一つは、あなたが神様を信じようと信じまいとあなたに必要なものは備えられていること。もう一つは、必要なもの以外も願い続ければ与えられるといことです。
ここで重要なのは、神様を願い求める先として認識し、神様は願いをかなえることができると信じていることです。これを確信できたとき、何ものにも打ち勝つことのできる力を得たことになります。神様は天地万物を創造された方なのですから、なんでもおできになります。この信じる力が信仰です。

事実、神様は私たちの罪の贖いのために一人子であるイエス様をいけにえとして捧げらえました。そこまで私たちを愛しておられます。この愛を信じてください。心からお願いします。

Image神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)

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