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2016年5月 8日 (日)

わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか

十字架のイエス様を私たちは傍観しています。ある者はあざけり、ある者は胸を打ち、ある者は心に焼き付けようと、それぞれの思いで十字架を見上げています。ですが誰一人としてイエス様に何が起こっているのかは知りません。

"三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」という意味である。"(マタイによる福音書)

十字架上でのイエス様の苦しみです。痛みの中にあって出る叫びは八つ当たりだなと経験から思います。イエス様の叫びは悲しみから来ているように思いますが、悲しみが痛みを上回ることはあるのだろうかと疑問に思います。十字架の痛みは強烈だと思います。まさに救いが無いことを嘆く悲しみを強く感じる拷問なのかも知れません。
聖句の叫びは杭を打たれ磔にされた痛みからのものではありません。神様から見捨てられる恐怖、悲しみ、痛みです。我々はこの苦しみを知りません。

私の罪のためにイエス様はこの痛みを受けられました。聖餐式と言って十字架を記念する祈りの時があります。私はいつも「イエス様、ごめんなさい。」と祈ります。

Image神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)

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