« 信仰による義 | トップページ | 主の彼に対するあわれみによる »

2016年4月12日 (火)

正しい者を、悪い者といっしょに滅ぼし尽くされるのですか

今の行き方を維持できれば後に滅んでもかまわないと思っている人はいると思います。滅びの実態がわかっていないから。未来のことなので考察に至らないから。根拠無く何も起こらないと信じているから。色々と理由はあるかもしれません。聖書はこのまま生きると滅ぶと書いています。そしてそれはひどいことです。もし本当だったらと意識を変えてみてはいかがでしょうか。

"あなたはほんとうに、正しい者を、悪い者といっしょに滅ぼし尽くされるのですか。もしや、その町の中に五十人の正しい者がいるかもしれません。ほんとうに滅ぼしてしまわれるのですか。その中にいる五十人の正しい者のために、その町をお赦しにはならないのですか。"(創世記)

これは神様がソドムを滅ぼそうとした時にアブラハムが取成して言った言葉です。ソドムは悪い街でした。ソドムには甥のロトが住んでいました。
これに対して"わたしが五十人の正しい者を町の中に見つけたら、その人たちのために、その町全部を赦そう。"と取成しに成功します。その後、アブラハムは四十五人のため、四十人のため、三十人のため、二十人のため、十人のためと交渉を続け認められます。

アブラハムがなぜ甥のロトだけでなくソドムのために取成したのか、なぜ十人で止めたのかはわかりません。ただ言えるのは神様は悪人が滅びることを望まれないことです。どんなに悪くても取成しに応じられます。神様は悪人が悔い改めることを望んでおられます。
ソドムは大きな街だった様ですが、わずか十人の正しい者もいませんでした。多分、一人も居なかったのだと思います。同様に私のうちにも正しさは全く無いでしょう。
キリストの救いは「イエス様の十字架は私を贖うことができる」と信じるかどうかだけを問われています。助かりたいと望んで前に立たないと救われません。

世に流されず、習慣に流されず、向かっている滅びについて考えてみてください。

Image神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)

Posted from kepaddictus

« 信仰による義 | トップページ | 主の彼に対するあわれみによる »