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2016年4月23日 (土)

家を建てる者たちの見捨てた石

昨晩見た映画からの引用です。"あなたは監獄に住んでいる。そこは居心地の良い独房である。今は扉は開いている。でも、あなたはそこから出てこようとしない。いずれ扉が閉まる時がくる。"
私は少し違った理解をしています。いずれ扉が閉まるのは、あなたが閉めるのです。神様からの一切の干渉を避けるためです。独房の鍵は内から掛けられています。

"家を建てる者たちの見捨てた石。それが礎の石になった。これは主(神様)のなさったことだ。私たちの目には、不思議なことである。"(マタイによる福音書)

これは世、即ち時の権力者と群衆、に見捨てられ十字架刑に処せられたイエス様が救いと教会を確立したことを例えで表現したものです。
イエス様のおられた当時のユダヤ人は王が登場して統治国を倒し、彼らの王国を再建すると信じていました。イエス様は自分たちの想像する王とはかけ離れた存在としたのでしょう。
教会時代があるとは誰も信じておらず、教会時代は隠された奥義と表現されています。この奥義にはものすごい意味があります。
"家を建てる者たちの見捨てた石"とありますから、世は自分たちの計画にイエス様はそぐわないと判断したわけです。計画を立てて実行されるのは神様です。人もその計画の中で役割を持っています。その役割を捨てて自分の計画を進めるのは主体と客体が逆転しています。今の世の中もそうですね。

あなたも、私も神様の計画に役割を持っています。難しいことではないと思っています。神様は愛ですから。神様の計画は私たちが神様を知り、一緒に居ることで幸せになれることを知ることです。そうでないと永遠に、不毛な自己中心の世界に不幸に暮らすことになるからです。私は、この神様を避けて暮らす永遠の過ごし方を、天国に対して地獄と呼ぶのだと考えています。
"私たちの目には、不思議なことである。"とわかったのなら軌道修正しましょうよ。

Image神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)

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