« 主のことばを恐れた者 | トップページ | 私たちの弱さに同情できない方ではありません »

2016年4月28日 (木)

過越のいけにえ

私は罪を犯していないから関係ないと言う人がいます。本当でしょうか。私は地獄へ行くと簡単に言う人がいます。そこがどんなところか知っているのでしょうか。人生は長いようですが、気がつけば年を重ねています。永遠はどれほど長いと思われますか。今の自分のままで永遠を過ごすことを考えてみてください。そこではあなた一人かもしれません。

"あなたがたの家族のために羊を、ためらうことなく、取り、過越のいけにえとしてほふりなさい。ヒソプの一束を取って、鉢の中の血に浸し、その鉢の中の血をかもいと二本の門柱につけなさい。朝まで、だれも家の戸口から外に出てはならない。 主がエジプトを打つために行き巡られ、かもいと二本の門柱にある血をご覧になれば、主はその戸口を過ぎ越され、滅ぼす者があなたがたの家にはいって、打つことがないようにされる。"(出エジプト記)

過越です。ユダヤ民族にとって最も重要な出来事で、この時以来、祭りとして受け継がれています。
パロがユダヤ民族をエジプトから去らせようとしないので、エジプト中の全ての初子を殺すと神様は示されました。ただし上記の聖句の通り羊をいけにえとして、その血で印をした家は助かりました。
これはイエス様の形です。後の過越の祭りの日にイエス様は十字架刑に処され、肉を裂かれ血を流されました。過越の羊の肉を食べるようにイエス様の肉に与り、イエス様の血を纏う者は神様の裁きから免れます。
物語の殺された初子について神様がどのように取り扱われたかはわかりません。ただ一つ言えるのは、神様自ら初子であり、ひとり子であるイエス様を私たちの罪を贖うための代価のいけにえとして捧げられました。

神様とイエス様のあなたに対する犠牲は大きなものです。是非、無駄にせず受け入れてください。

Image神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)

Posted from kepaddictus at Facebook

« 主のことばを恐れた者 | トップページ | 私たちの弱さに同情できない方ではありません »