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2007年3月

2007年3月31日 (土)

テサロニケ人への手紙第二

どの手紙もそうだが、パウロがいかに教会の成長に情熱を注いでいるかが良く伝わってくる。

人生は結局のところ、救いを受け入れるか、否かの二者択一のようである。この選択結果として終わりの時に報いがあると書かれている。
生きているうちに起こるさまざまなことには良いことや悪いことがあるが、それは報いでもなんでもなく、選択に導く状況であろう。

終わりの時に付いて預言が書かれている。文面以上の意味は解らない。

2章13節”あなたがたを、初めから救いにお選びになったからです。”とある。
新改訳では初めから選ばれていると訳されている。
新共同約では”救われるべき者の初穂としてお選びになったからです。”と訳されている。
新改訳は”初めから”を強調して、こう訳したのであろうと聞いたことがある。
その説明の中で、初穂があり第二、第三と広がっていくこと、初穂の重要性が説かれていた。
主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。”(使徒の働き16章31節)
私は家族の初穂である。そして、妻と息子たちも救われていっている。そして妻は妻の、息子は息子の世界での初穂である。

”働かざる者、食うべからず。”は3章10節。

2007年3月30日 (金)

クララが立った

いまひとつ感動はなかったが、立った。

左足に装具を着けることによって、踵が宙に浮いた状態になる。
つまり、左脛の骨折箇所に体重はかかっていない。膝で体重を支えている。

さしずめ、この装具は専用ブーツといったところである。しかし趣味の悪い色合いである。
黒い脚とはならないもか。青とか赤でもいいが。靴は白が良いかと思う。

リハビリでは平行棒を使って歩く練習をした。
右足を着くときは両腕で身体を支え、左足を着くときは腕の力を抜く。リハビリではこの繰り返しを自然にできるようになるよう練習する。
リハビリも月金の週2に水曜日を追加することになった。

今のところ右足は体重の1/4までしか支えられない。
最初に体重計を使って1/4の感じをつかむ。ほとんど脚を着いてるだけである。
2週間毎に1/4ずつ増やしていくとのこと。
再来週は1/2なので両脚だけで立てることになり、一月半で支えなしで歩けることになる。

右足が全体重を支えられるようになったら、装具をはずし、今度は左足に少しずつ体重をかけていく。
この段取りで両脚骨折から歩けるように回復していく。当初は完全に治して、いきなり立つしかないと言われていたことを考えると、かなり現実的な方針になったともんだとつくづく思う。
自力のみで歩けるようになるには3ヶ月はかかるな。

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2007年3月29日 (木)

テサロニケ人への手紙第一

パウロとテサロニケの教会との信頼関係から始まり、イエスキリストの再臨の説明と続いて、聖徒としてのあり方に関する勧めが書かれていた。

テサロニケの教会が堅く立つことは、パウロの生きがいだとまで伝えている。(3章8節)
会って励ましあいたくてしかたがないという思いがひしひしと伝わってくる。
会うことを阻むサタンの妨げとはなんだったのかは解らない。

再臨については”主が再び来られるときまで生き残っている私たち”(4章15節)とあるように、パウロは自分が生きている間に再臨があると信じている。
現在はパウロが信じていた時から2000年がたっている。永遠と対比すると一瞬だが、人生の長さと対比すると、、、やっぱりたいした期間ではないかな。
いつなのかはだれも知らないと書かれている通りである。今、あっても大丈夫なように備えをすること、これが奥義なのであろう。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。”(5章16節~18節)
これは好きなみことばである。この前にいくつかの勧めがあるのだが、喜んで、祈って、感謝して、と良いことづくしが神様の望んでおられることである。

2007年3月28日 (水)

YouTube

今日は一日、YouTubeにはまってしまった。
なつかしのロッククラシックス三昧だ。高校生のころにワープ。

きっかけは外山恒一氏の政見放送なのだが。

著作権も肖像権もへったくれもないな。
当時はこんな秘蔵映像を目にすることなんてありえないことだった。
ありがたいのは事実だ。

Maybe I'm amazedを聞きながら今は亡きLinda McCartneyの写真を見ていたら涙が出そうになった。
どんどん当時のことが思い出される。走馬灯とは良く言ったもんだ。

Billy JoelのはStrangerを聞くと切ない思いになる。

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2007年3月27日 (火)

コロサイ人への手紙

”あなたがたのために天にたくわえられてある望み”(1章5節)
希望は天にある。

次の2つの御言葉は”真の知識”でつながっている。
”あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。”(1章9節)
”あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、真にすぐれたものを見分けることができるようになりますように。”(ピリピ人への手紙1章9節~10節)

目標は”愛”である。目的となる”見分けたい真にすぐれたもの”とは”希望”ではないだろうか。
霊的に死んだものがよみがえったのは、聖霊によるのであるから、”知恵”と”理解力”は恵によることになる。
では”あらゆる識別力”は持ち合わせのものを言ってるのだろうか、なぜなら目的となっている”見分けること”は識別に他ならない。

聖霊によって識別力に磨きがかけられ希望を見出す。なぜなら、希望は天にある。
と解するか。

2007年3月26日 (月)

リハビリ

月曜日と金曜日は病院にリハビリで通っている。
以前は月、火、水、金だったが、骨の出来が悪く、長丁場になりそうだったので回数を減らした。
家内の送り向かいの負担を減らす名目であったが、週4日に飽きてきていたのも事実である。

リハビリの目的は、左手が上がらない、右膝が曲がらない、立てない・歩けない、の3つを克服すること。
現在は左手を中心に可動訓練を実施し、後は筋トレ。
右膝は異常な骨ができたことが原因で現状維持が目標になっている。が、何故か最近、曲がりがよくなってきた。窮屈だったトイレが今は苦にならない。
”立つ”は今週金曜日に開始予定。そのために左足用の補助具を作ったのだが、左足の骨折箇所に負担を一切かけないのなら、なぜもっと早くからやらなかったのか理由は不明である。

写真は筋トレのために重りをつけた脚とリハビリ室内。
リハビリ室内は患者さんが多くて、なかなかシャッターチャンスがない。
やっぱりお年寄りが多い。女性が多いのも傾向のようだ。

寝てるだけでタマゴッチをしている人もいれば、苦痛に顔をゆがめている人もいる。
じっと車椅子に座ってる人、ベッドで横になってる人、元気な人、弱った人、真剣な顔、遠い眼差し。

入院中に先に退院していった人を良く見かけていたが、最近は見かけなくなった。寂しいと言えば寂しいが、良いことである。

リハビリを受ける前には簡単な診察を受ける。と言っても一声かけられる程度である。
毎回、診察からの指示でリハビリを受けてることにしないといけないらしい。
そのおかげで9時の予約が診察待ちで9時半開始になってしまう。
だいたい、9時の予約は先生の診察開始待ちがあたりまえで、いかがなものかと思う。遅刻と言えば遅刻じゃないのか。<`ヘ´>(本当に遅刻してたりして、、、)

何にしても後3ヶ月は続けることになるのは解ってることだし、良くなってるのは事実である。まあ楽しく続けていこう。
そもそもほかにすることもない。

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ピリピ人への手紙

パウロの喜びと感謝に満ちた手紙であった。
パウロはピリピのクリスチャンに相当、励まされたのだろうと思う。

キリストに似るものになることを求め、その高みに引き上げられることを勧めている。

何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。”(4章6節~7節)
私の好きな御言葉である。希望と平安に満たされる。

2007年3月25日 (日)

エペソ人への手紙(追記)

お風呂に入っていて、どうしても書かないといけないことを思い出した。

この”エペソ人への手紙”にクリスチャンが酒を飲まない根拠がある。

”また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。”(5章18節)

酒はのんでよいのである。”これからは水ばかり飲まないで、胃のために、また、たびたび起こる病気のためにも、少量のぶどう酒を用いなさい。”(テモテへの手紙第一5章23節)とある。

どれだけ飲めば酔うのかが分からない、だから酒を飲まない。

酔うとは、現実逃避して、至福の思いに浸り、心奪われることである。

私はこの”酔う”を覚えて、あらゆる依存症にとらわれるはめになった。
聖書に書いてある通り、大放蕩することになった。しかも25年間も。

最後はアルコール依存症で廃人同様だった。
怖さと、無気力のせいでなにもできなくなった。
酒を飲んで、気を失って寝て、起きてまどろむの日々だった。

一念発起して断酒を試みて、死んだ方がましだと思うほどの渇きに苦しんだ。
苦しさの末にイエス様のもとに戻ることがひらめいた時、希望の光が差した。
助かった。

これは私の証しである。

プラチナオヤジ

My name is EARL”、先週初めて見てはまってしまった。
めちゃくちゃおもしろい。
以前は”Titus”が好きだったのだがいつの間にかなくなってしまった。今度はなくならないで欲しい。

今日、第19話~24話を一気に放映していたのを見た。
キャッチアップと言う事で、シーズン1のラスト6話だった。

なにがおもしろいって、めちゃくちゃな、行動、因果関係、ストーリー展開が笑える。
ドラマとしてはこれをカルマと称してテーマとしている
”良い人間になれば、行いを良くすれば、良いことが起こる。”である。
その逆に”悪い人間になれば、行いを悪くすれば、悪いことが起こる。”である。

”カルマ”=”行い”は正しそうだ。

聖書の箴言が重なって見える。
私には聖書のなかで箴言が浮いているような感じがしてならない。
箴言伝道者の書の2書だけが今生きてることの意味をテーマにしていると思っている。

多分、大昔に仏教徒のえらいさん候補生が箴言を読んで、仏教とカルマと言う言葉を作ったんだろう、という気がする。

”良い人間になれば、良いことが起こる。”はよく解る。これは神様の約束である。
”良い人間になれば、行いが良くなる”これも解る。
”行いを良くすれば、良いことが起こる。”は疑問である。この因果の根拠はなんだろう。
”行いを良くして、良い人間になろう”は嘘っぱちだし、ありえないだろう。
”行いを良くして、良い人間になろう、そうすれば良いことが起こる。”現実はこれが横行しているように思える。これが真理を見えなくしているのではないだろうか。

そもそも”良いこと”ってなんだ。うれしい事か、悲しまないことか、辛くないことか。

ドラマは心が暖かくなるようなことが”良いこと”、と言うことで話が締めくくられる。
現実はどの結末も大差がないように思うが、事実、”心が暖かくなる”ことはある。
人間の特性としてある。なんといっても涙を引き出す。

”心が暖かくなるようなこと”を経験するためには生きる気にはならない。
辛いことの方が多すぎだし、腹の足しにもならない思い出になるだけである。
うれしすぎても、悲しすぎても、辛すぎても、人間は慣れるし、いつも不満を持ってる。
でも、人間の本質と生き方をたどる手がかりだろう。”良心の呵責”とならんで。

こんなことを思いつめて考え込むことこそが、不幸である。

プラチナオヤジ”、このキャッチはお気楽で秀逸である。
ここ数ヶ月LEONを愛読している。年間購読の契約をした。

現実は混沌としていて、おもしろいことは多いが、付き合いづらい。そのぐらい自分は混乱している。

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エペソ人への手紙

救いの原理、キリストと教会、聖徒への諭しが書かれていた。

CLAYもそうだがこれと言った感動や気付きはなかった。

考えてみれば、何もせず時間をつぶしているだけなので、感じるものがないような気がする。

積極的にやりたいことや可能性は、今はできないことばかりである。
つまらん。

2007年3月24日 (土)

ガラテヤ人への手紙

久しぶりに聖書を開いた。CLAYは読んでいたが。

”ガラテヤ人への手紙”
救いは行いによって得られるのではなく、キリストへの信仰によるのだと終始、主張している手紙である。

聖書ハンドブックによると”ユダヤ教からのキリスト教の分離”とあった。
現代に至っているのだなー、と感心する。

手紙とはまったく関係ないが、”カルマ”=”行い”だろうか(・・?

2007年3月23日 (金)

かたどり

両脚の骨折箇所にはそれぞれ一本ずつ金属性の棒が入っている。正式名称は髄内釘と言う。

骨折と言えばギプスと三角巾だが、髄内釘のおかげかギプスと言うものをしていない。

この髄内釘ちょっとした曲者で、スクリュータイプのボルトで骨と固定すのだが、レントゲン写真で見ると、ボルトが骨を大きくはみ出していたりする。
このレントゲン写真は結構迫力がある。

膝の下の皮膚が薄く、皮下脂肪のないところに、このボルトの頭があってポコッと小さなこぶになっている。
直径1cmに満たないちいさなこぶなのだが、これを刺激すると結構不快だし、物があたったりするとかなり痛い。
こいつと1年以上付き合わないといけない。

今日は左足の骨折箇所(すね)に体重がかからないようにするための補助具を作成しにいった。
あのあんまり関心のないやつである。
どうせこぶに補助具があたってだめだろうとか思っていた。

説明があって、こぶの位置を確認しOK、脚のかたどりである。
淡々と作業が進んでいく。

値段を聞いてみると、”11万円”。やるなー

脚のかたどりでは生まれて初めてギプスをした。
石膏の付いた包帯を濡らして、くるくると脚に巻いていく。
事前に素肌にはラップを巻いておく。これで、脛毛が抜けるのを防止できるらしい。

骨折らしくなってきた。確かに落書きをすると楽しそうである。

出来上がりは水色がいいな、チェッカーフラグとBMWのマークが付いたやつがいい。
多分、マネキンの足みたいに肌色の気味の悪いのだと思うけど、

写真はかたどり中の脚とできあがった型。
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2007年3月20日 (火)

レントゲン

一月ぶりの診察。

レントゲン写真によると右足太腿の骨折の直りが良いようである。
左足すねの骨折の治りはいまいちらしい。
写真を見ても全然、わからない。骨が毛羽立ってできてきているらしい。

左足の骨折箇所(すね)に体重がかからないように補助具をつけて松葉杖で歩くリハビリを始めることを進められる。

正直なところ、あまり嬉しくはなかった。なぜか関心が湧かない。
確かに歩く練習はしておいたほうが良いだろうな、とは思う。

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2007年3月18日 (日)

湯船

4ヶ月ぶりに湯船に浸かった。

うれしい。

POP MUZIK

itunes storeでMの”POP MUZIK”を発見。早速ダウンロード、150円なり。

以前、探した時はなかったのに。懐かしい曲である。
ネットで検索してみると紙ジャケでアルバムを再販するとか。
JTのコマーシャルの影響だろうな。

ipodで”POP MUZIK”を聞きながらブログを書く。

ふとBassの音に耳が反応、WEATHER REPORTの”PORT of ENTRY”である。
Pで始まる曲をABC順に流して聞いていたようである。

JACOはやっぱりすごい。改めて感動してしまった。

20070318_17340001 ひまじゃー。
本来なら教会なのに。

機能特盛りBOX

無駄に使ってたハードディスクの整理がてら、”機能特盛りBOX”を導入してRaid1のバックアップ構成を組む。
家にあったCD約500枚をitunesに読み込ましてあるので、ディスククラッシュは本当に恐怖である。

外見上はちゃんと二重化されているかどうかは見えない。
不安なので念のためCOPYバックアップを取っておこうかなって気になる。
機械を過信する気にはならない。

以前、酔っ払ってハードディスクの構成を組み替えてて、誤ってデジカメ写真を全部消してしまったことがある。
機械の信頼性以前の問題だなと思うと同時に無念の思いにかられる。
そもそも酔っ払ってやるから無駄にハードディスクを使っていたのだが、、、

こういうバカユーザーのやらかすことは、さすがの”機能特盛り”でも防げまい。はははははー

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2007年3月17日 (土)

google earth

google earthの場所情報をhtmlに貼り付けることができた。
これ1クリックで場所の紹介ができる。

google earthの立ち上がりから場所に行くまでの動きがなかなかかっこいい。

尼崎キリスト集会のホームページも後は文章と写真を貼るだけである。
文章と写真は教会のみんなから募集しよう。

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2007年3月15日 (木)

疲れた

ここ数日、尼崎キリスト集会のホームページのプロトタイプを作成している。

完了のめどと納期の保証がないので、今は内緒で実施中。

初日は根を詰めすぎて気分が悪くなってしまった。orz

コーディングは久しぶりである。やっとお作法に慣れてきた感じがする。
xhtmlとcssの組み合わせはなかなかよくできた仕様だと思う。

cssを部品化しようとがんばってみる。
一つのタグに対する指定は一箇所が一番、レイアウトと配色でcssを分離すると大混乱が発生する。私がヘタッピだからかもしれない、、、、

しかし、癖が強くて、コツの多い作業である。

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2007年3月13日 (火)

ホームページ作成

ここ数日、ホームページ作成の勉強をしている。
市販本も結構、増えてきた。

昨日、実際にページを作成してみた。
ダサー。orz

なかなかうまくいかぬもんである。
なんでこうなるのと思うことが多々ある。

配色辞典は本通りの色がディスプレイ上に表示されないので、CD-ROMで確認する必要がある。

本屋さんに”ホームページ作成用の素材集”関係の本がなくなっている。
ネットでダウンロードするのが主流なのか、著作権やロイヤリティの問題なのか、よく解らん。自分で作るのが主流なのかな。

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2007年3月11日 (日)

ライディングテクニック

渡辺明のベストテクは基礎をしっかり。理論がよく解って良い。
RIDE SAFE RIDE HAPPYは実践的。あんなに飛ばすんだ、が正直な印象。

まあ、バイクに乗れない今の状態じゃ、見てても楽しくないな。

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2007年3月 9日 (金)

コリント人への手紙第二

今日は”コリント人への手紙第二”を読む。
聖書を読みたい気分が続いてる。何かあるのかな。

パウロとコリントの教会との不和に関するパウロの弁明である。
背景を知らないので、読みにくい部分が多い。

鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。(3章18節)→すごいことである。楽しみである。

確かにこの幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。それは、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まいを着たいからです。(5章4節)→私は今が嫌だから、天に帰りたいと思うことがある。やはり、私は何かおかしい。

私たちは肉にあって歩んではいても、(10章3節)→そうだよなー

主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。(12章9節)→私はある問題に非常に弱かった。性格的に歪んでいるぐらい傾倒してて、行く付くところまで行く直前だった。アルコール問題が爆発して行かなかったのが実態である。
悔い改めてからは非常に強く、たまに誘惑があるが、あっさりと乗り切ってしまえる。
この御言葉は私の信仰として根ざしている。

Back Off

世界に向かっているのと、スタイルが理想的なので好きな雑誌。

バイクに対する情熱は消えない。

事故のせいで未だに立てない、右膝が曲がらない、左腕が上がらないのに。
資金調達できる目処もないのに。
家内は毛嫌いしているのに。
もう二度と乗らないようにと諭しを受けたのに。

きっと、もう一度、バイクを楽しむ日が来る。

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2007年3月 8日 (木)

コリント人への手紙第一

今日はコリント人への手紙第一を読む。
好きな御言葉、聞いたことのある御言葉が多い書である。

しかし、何が書いてあったかを考えると、整理して思い返せないのである。ボーっと読んでたのかなと思ってしまう。
見返してみて気付いたのだが、この手紙はたくさんのことを伝えている。繰り返して記述している部分もある。そのせいかなと思う。

13章”愛”の定義は、この書におよぶ文章表現は他にはないと確信する。

事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。(1章21節)→信じることの尊さを感じる御言葉。

目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。(2章9節)→これも信じることの尊さを感じる御言葉。事故、入院、難治のなかで励ましを受けている。一発逆転の明るい未来ばかり考えてるのだ。

すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。(10章23節)→自由と摂理を感じる御言葉。

男が長い髪をしていたら、それは男として恥ずかしいことであり(11章14節)→この御言葉を読んで長髪をばっさり切ったことを思い出す。どきどきして、それ以上読めないぐらい追い込まれたのを覚えている。図書館から近くの散髪屋さんに直行。ストパーを当てた2日後に切ったので、さすがにストパーを当ててくれたお兄さんには申し訳ないと思った。

2007年3月 7日 (水)

ローマ人への手紙

久しぶりに聖書を読む。
昨日は”使徒の働き”、今日は”ローマ人への手紙”

もう長いこと何もしていない。日々の変化がない。

長く座っているのも足が辛いので、寝転がっている時間が多い。
これでは何もできない。そもそも何かに没頭する気になれない。

ベッドにうつ伏せになって、床に聖書を置いて読むと、手も足も疲れないし、痛まない。

”ローマ人への手紙”は好きだ。

14章について考え込む。結果、今の自分で良いのだと、励まされる。
なぜなら、何の疑いもないから。

バイク事故も、何もしないことも、変化のない日々や通り過ぎていく虚しいことも、見通しのない将来も、全て良いと認めている。何故が解らないだけ。

日を守る人は、主のために守っています。食べる人は、主のために食べています。なぜなら、神に感謝しているからです。食べない人も、主のために食べないのであって、神に感謝しているのです。(14章6節)
あなたの持っている信仰は、神の御前でそれを自分の信仰として保ちなさい。自分が、良いと認めていることによって、さばかれない人は幸福です。
しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。なぜなら、それが信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です。(14章22節~23節20070307_15330001

2007年3月 5日 (月)

引越し

@niftyのidを持っていたらフリーじゃなくてBasicコースを無料で使えることが分かったので、新ブログへ引っ越しました。
これで広告が消えれば良いんだけど。

引越し

@niftyのidを持っていたらフリーじゃなくてBasicコースを無料で使えることが分かったので、旧ブログから引っ越しました。
これで広告が消えれば良いんだけど。

レストランひまわり

生姜焼きの臭いがする。今日は食べたい気分じゃないな。

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2007年3月 1日 (木)

Bicycleのトランプ

Bicycleのトランプ12個セットをYahooオクで購入。

最近、暇だからトランプマジックにはまってる。ただいま練習中。

トランプは消耗品だからいいかなと思って購入。
実際に折れ曲がったり、反りがひどくなったりする。

ジャパンで一個580円だから12個で7000円である。
4800円までならいいかなと、競った結果に4100円でゲット。

送られてきたパッケージに”税込み1998円”と値札が付いてた。orz

アメリカから輸入すれば安いんだ。値札ぐらいはずしといてよ。

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