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2006年9月

2006年9月30日 (土)

フラワーアレンジメント

200609296 本日付で退職である。20年働いた会社を去る。

昨日、机の整理をしに出社したところ、大きな荷物が届いていた。
記念のお花をいただいた。

マタイの福音書15章、詩篇87篇、雅歌5章、列王記第二4章、創世記25章、コリント人への手紙第一10章、箴言18章12節~13節(Clay)

”行って、その油を売り、あなたの負債を払いなさい。その残りで、あなたと子どもたちは暮らしていけます。”列王記第二
器がなくなるまで湧いて出た奇跡の油である。私の油は何なのだろうか。楽しみである。

せせらぎの小道

200609302 家内がせせらぎの小道と名づけておった。

今日は先週に引き続きトラクト配布の奉仕。
200枚ぐらい足らず、配りそこなってしまった。

兄弟が後で回ってくれるとのこと。
兄弟は熱心に奉仕される。

私は何の賜物を与えられているのだろうか。
単にもう一歩の踏みこみが足りないようにも思えるが、、、、

私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行なう人は喜んでそれをしなさい。
聖書 ローマ人への手紙12章

2006年9月29日 (金)

酒とバラの日々

200609297 "当時にしてはアルコール依存症について正しく描写した映画"と看護婦さんが評価していた。

アルコールを断つ。
最初の1ヶ月はひたすら我慢である。
飲まなかった1日1日が、がんばって生きていることの証となって自分を支えてくれる。
二月目、ここからが辛かった。頭からアルコールが抜けたのか、色々なことを考え始める。

もう一生飲めない・・・・・・

"飲むために全てを捨ててきたんだ、これから何を寄りどころにして、何をして生きるんだ。"
"酒を飲みたい。"、"我慢は子供が自立するまでにしよう。"、本当にそう思った。

"もう十分でしょう。命を取って下さい。"本心からの祈りだった。

そんな時、アルコホーリックス・アノニマスと言う自助グループと本に出会う。
12の回復ステップ
1.私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた。
2.自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった。
3.私たちの意志と生き方を、自分なりに理解した神の配慮にゆだねる決心をした。
(以下 略)

"教会に帰ろう。"
25年ぶりだったけど敷居はぜんぜん高くなかった。

"自分を超えた大きな力"、"自分なりに理解した神"は天地を創造された神であり、イエスキリストだと、即座に理解した。
神とイエスキリストに委ねることで回復できると確信した。

以降、苦しみは一切伴わなかった。
日々、喜びに満たされていったのを覚えている。

"いま、私たちの人生の中心にあるのは、創造主である神が奇跡としか言いようの無い方法で私たちの中に入ってきたと言う、確かな真実である。自分では決してできなかったことを、わたしのために神がやってくれているという確かな真実である。"
アルコホーリックス・アノニマス

イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」
女はイエスに言った。「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」
聖書 ヨハネの福音書4章

スタバ

20060929 スターバックスで豆を買うと一口サイズのコーヒーを出してくれる。
豆を挽く間、待つことへのサービスである。
これがなかなか気が利いていてうれしい。結構、満足感がある。

マタイの福音書14章、詩篇86篇、雅歌4章、列王記第二3章、創世記24章、コリント人への手紙第一9章、エゼキエル書12章17節~20節(Clay)

昨日、バイク関係で打ちひしがれて、今日は何かとくよくよしている。

”信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか”

2006年9月28日 (木)

退職願

200609244 簡単なものである。おかげで煩わしい思いをしなくてすむのが良い。

20年間働いた会社を辞める。
仕事には駆け抜けるように打ち込んできた。
好きだったからがんばったんじゃない。
過度な労苦に終わりがくることをずっと思い描いていた。
達成したかった。完成させたかった。満足を得たかった。
いつも負い目が残った。いつも休息を許さないものがあった。

“明日、会社に行くと状況が悪くなっているのでは”という不安がいつもあった。
プロジェクトを成功させるための手法を完成させたいのにうまくいかない。
議論と交渉だけが巧みになっていく。誰かの犠牲の上に自分の成果が成り立つ。

偉くなるに従って不遜と不品行が度を過ぎていく、、、

ある時、いきなりやる気が無くなったのを覚えている。
頭の中でプツリと切れた。会社で自席についているのも苦痛になった。

アルコール三昧な日々の始りである。
気を失って眠るまで飲んで、起きて日中は薬漬け、夜になると飲み歩く。
志は失われ、中身がどんどん希薄になっていく。

末路はアルコール依存、薬物依存である。
まどろみとけだるさと恐怖の中に立ち行けなくなった自分がいた。

社会的な死。”生ける屍”とはよく言ったものである。
多くの人を傷た負い目と、沢山の不正の言い訳が残った。

今、病気は回復したけど、20年抱えてきた根本のものを解決しないといけない。

“罪の奴隷であった時は、あなたがたは義については、自由にふるまっていました。 その当時、今ではあなたがたが恥じているそのようなものから、何か良い実を得たでしょうか。それらのものの行き着く所は死です。”
聖書 ローマ人への手紙

”仕事が多いと夢を見る。”
”夢が多くなると、むなしいことばも多くなる。”
”あらゆる労苦とあらゆる仕事の成功を見た。それは人間同士のねたみにすぎない。”
”彼らは自分たちが悪を行なっていることを知らない”
”実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。”
聖書 伝道者の書

Clay

20060928 Clayを購読している。
初めて読んだのは、サムエル記第一の主の箱がペリシテ人からイスラエルへ返される場面だった。
解説を読んで、”ここまで調べて読み取るのかー”と感動したのを覚えている。

マタイの福音書13章、詩篇85篇、雅歌3章、列王記第二1章、創世記23章、コリント人への手紙8章、エゼキエル書12章1節~16節(Clay)

”天の御国の弟子となった学者”とはどんな人のことを言っているのであろうか。

2006年9月27日 (水)

講壇

200609272 尼崎キリスト集会の講壇である。
一般的な教会のイメージとはずいぶん違う。
狭いながらも我が家である。

マイクが新しくなっていた。
最近、和室にプロジェクターが付いたりと近代化が進んでいる。

祈り会@尼崎キリスト集会

聖歌

398”いくるかいもなしと”,256”いのれものごと”

祈り会

兄弟姉妹で祈りの課題を出し合う。
仕事のこと、病気のこと、家族のこと、兄弟姉妹のこと、集会の働き、救い、その他身の回りのこと。

私はどうもうまくできない。
何を祈ろうかと考え、心を合わせていなかったりする。
いざ、祈ろうとすると頭が真っ白になったりする。

ひとりで祈っているときは頭の中に、祈りの言葉がどんどん浮かんでくるのに、、、

きっと、神様の前で身を低くしていないからだ、平素から祈りの課題を整理していないからだ、とつくづく思う。

”あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。”ヤコブの手紙5章13節

砕かれた心と神様の声を聞き分けるよい耳にしていただけますように。

20060927 駅から30分、歩いて職場に向かう。体力回復のために続けてきた。
夏場は毎日、汗びっしょり。
木葉が赤らみ始めて、なかなか気持ちの良い季節になった。

マタイの福音書12章、詩篇84篇、雅歌2章、列王記第一20章~22章、創世記20章~22章、コリント人への手紙第一5章~7章

”彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない、公義を勝利に導くまでは。”、”どうしたのか。恐れてはいけない。神があそこにいる”

2006年9月26日 (火)

聖書ハンドブック

20060926_1 ヘンリー H.ハーレイの”聖書ハンドブック”を使っている。

マタイの福音書11章、詩篇83篇、雅歌1章、列王記第一17章~19章、創世記18章~19章、コリント人への手紙第一3章~4章、エゼキエル書11章22節~25節(Clay)

”しかし彼はためらっていた。すると、その人たちは彼の手と彼の妻の手と、ふたりの娘の手をつかんだ。―主の彼に対するあわれみによる。”
自分もためらっていたことを思い出す。神の一方的な愛によって救われるのである。

以下は”聖書ハンドブック”より。
雅歌、”キリストと教会との結婚の前祝歌”。
”神は「風」や「地震」や「火」の中ではなく「かすかな細い声」の中におられる。”

2006年9月25日 (月)

帰り道

200609253 息子が運動会の振り替え休日なので、昨晩から二人で実家に行く。

実家には祖母と両親の3人が暮らしている。
老人が老人介護をしている。

みんな救われて欲しい。特に祖母が救われて欲しい。
足が悪く車椅子なので行動範囲が狭く、耳が遠い。
いつも本を読んでる。寂しそうでならない。

両親もかなり介護のストレスがたまっている。平安を得て欲しい。

息子と二人で食事の感謝のお祈りをし、本(聖書のエッセンス)を渡してきた。
伝道らしいこと、神様の話はまったくできず。

耳の遠い祖母に大きな声で”神様をしっているか、イエスキリストを知っているか”と聞いてみた。
知っているとの事。何度か話を聞くことがあったが、積極的には参加したくないといつも思っていたらしい。

最初の第一歩。

年表

20060925 この年表、分かりやすい。"旧約時代の王と預言者"

マタイの福音書10章、詩篇82篇、伝道者の書12章、列王記第一15章〜16章、創世記17章、コリント人への手紙1章〜2章、エゼキエル書11章17節〜21節(Clay)

"目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして人の心に浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。"楽しみである。

2006年9月24日 (日)

運動会

20060924 今日は息子の運動会。徒競走で1等賞。おめでとう。

集会での聖餐式は欠席。
"天のお父様、あなたが望まれたから、万物は存在します。全ての御栄えはあなたのものです。イエス・キリストによって、あなたの栄光がとこしえまでありますように。アーメン。"

マタイの福音書9章、詩篇81篇、伝道者の書11章、列王記第一13章、創世記16章、エゼキエル書11章14節~16節(Clay)、ローマ人への手紙12章〜16章

"もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。"は心構えではなく、真理であることに気付いた。

2006年9月23日 (土)

トラクト

060923_15040001 宗教・政治上のパンフレットをトラクトと言う。
実を言うと今日、初めて知った。

宗教・政治上と言うとものものしく聞こえるが、特別聖書講演会の案内である。気軽に来ていただければうれしい限りである。
10月7日8日にクリスチャンの講師をお呼びして、メッセージをしていただく。

今日はこのトラクトをポストに入れて歩く奉仕をした。

迷路のような所で通ってない道がある。全戸を網羅できていない。
案内しそこなっていると思うと責任を感じる。

”人の子が来るときまでに、あなたがたは決してイスラエルの町々を巡り尽くせないからです。”この御言葉が頭に浮かんだ。

ひょうたん

200609222_3 40cm位はあるひょうたん。
昨日、帰宅途中に発見し驚いた。
息子のひょうたんは花も咲かずに枯れてしまった。

実を結ぶものと、結ばないものがあるのだ。

マタイの福音書8章、詩篇80篇、伝道者の書10章、列王記第一12章、創世記14章~15章、ローマ人への手紙9章~11章、箴言18章10節~11節(Clay)

”人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われる”この1節のおかげで、25年間の放蕩生活中も救いの確信があった。

2006年9月22日 (金)

坂道

200609223 ここは坂道、涼しくなったとは言え、やはり汗ばむ。
右へ傾斜して先を見通せないが、まだまだ続くのを知っている。

アルコール漬けだったころは、とてもじゃないけどこんな坂を登ったら、全身から汗が噴出して息切れしていた。10ヶ月で変わったもんだ。

今ではアルコールなんか欲しいと思わない。気にもならないし、無くて普通である。
体力もこれが人並みかと感じるほど回復した。

坂道はいづれ終わる。
一歩、一歩目的地に向かう途中、振り返るとここまできたんだと思うことはよくある。

人生観で一番に変わったのは時間感覚である。
人生を短く感じる。残りの人生が途方も無く長く感じて、絶望してたのに。
でも、あせる訳ではない。その時がくれば事は成就するので待てば良い。
もう10ヶ月、まだ10ヶ月、振り返るとたくさんの変化を体感する。

主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。(イザヤ書40章31節)

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。(伝道者の書3章1節~2節)

わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。(ヨハネの福音書6章35節)

バイリンガル聖書

20060922 英語ができるわけでもないのにバイリンガル聖書を使っている。
衝動的に欲しくなって購入してしまった。

マタイの福音書5章~7章、詩篇79篇、伝道者の書9章、列王記第一11章、創世記12章~13章、ローマ人への手紙5章~8章、エゼキエル書11章1節~13節(Clay)

福音書は山上の垂訓。”あすのための心配は無用です”この御言葉は多くの悩める人を癒すだろうな。

ローマ人への手紙5章~8章は救いの原理が書かれている。隅々まで残さず知りたい。

神の怒りから救われる。

性質としての罪は肉に属する。この性質としての罪が律法によって定められたあらゆる違反(行いとしての罪)を引き起こす。
律法が違反を定義している。

キリストの十字架の死にあずかり肉において死に、性質としての罪から開放される。
律法が権限を持つのは生きている期間だけ。この死により行いとしての罪は無効になる。

キリストの復活にあずかり御霊によって生かしていただく。よみがえり、いのちにあって新しく義に至る歩みをする。

罪の奴隷から開放される。
この贖いを信仰、つまり目に見えない望みによって得る。

2006年9月21日 (木)

200609212 やっと息子と聖書の話をじっくりすることができた。
今年2月に失敗して依頼である。

永遠と一生、罪、十字架、復活、天国、信仰による救いについて語ることができた。

人間は死んで消滅するのではなく、永遠があることは受け入れてくれたようである。

永遠について自分なりに考えてみると言ってくれた。

神様、祈りをかなえて下さって感謝します。
どうか息子を救いに導いてください。

コーヒー

20060921 毎朝、コーヒーを入れる。日課である。
スターバックスのゴールドコーストブレンドが好き。

マタイの福音書4章、詩篇78篇、伝道者の書7章~8章、列王記第一9章~10章、創世記11章、ローマ人への手紙1章~4章、エゼキエル書10章9節~22節(Clay)

”死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った”。光が射すのである。

列王記と伝道者の書を平行して読むと、ソロモンの人生の表す意味を考えさせられる。

ローマ人への手紙を再読することにした。好きな書である。
”その信仰が義とみなされる”、”望みえないときに望みを抱いて信しじました”
神様の絶対的な恵みの原理が貫かれている。

2006年9月20日 (水)

間に合ったー

200609202_1 今日の午後はバイク のことばかり考えていた。
かなりオーバーヒートしてる。
集会に行く前にバイクショップを覗いてみようよと思い、早めに家を出たが17Kmの渋滞orz。
約1時間半、車でクールダウン。神様が整える時間を与えてくれた。

学び会@尼崎キリスト集会

聖歌 

456”さかえの王にます主の”,590”すくいぬしイェスと”

学び

□マタイの福音書8章5節~13節:百人隊長のしもべのいやし

□マタイの福音書15章21節~28節:カナン人の娘のいやし

”あなたの信じたとおりになるように”、”その願い通りになるように”。
願った本人に対する奇跡が起こったのではない。

信仰によって愛する人が救われる。

夜明け

20060920 昨晩、福音テープを聞いている途中で寝てしまい。今朝はえらい早く目が覚めた。完全熟睡で気分が良い。

マタイの福音書3章、詩篇77篇、伝道者の書1章~6章、列王記第一3章~8章、創世記10章、エゼキエル書10章1節~8節(Clay)

”私は、まだいのちがあって生きながらえている人よりは、すでに死んだ死人のほうに祝いを申し述べる。 また、この両者よりもっと良いのは、今までに存在しなかった者”(伝道者の書3章2節~3節)
私はこの御言葉を背負っているようである。神様から与えられた目的を意識している時以外は虚しくてしかたがない。

ローマ人への手紙を読み返すか、他の手紙を読み進めるか、使徒の働きを読むか、うーん。

2006年9月19日 (火)

楽器

20060919 最近、弾いてないなあー。明らかに才能ないし、根気もないし、でも好き。

マタイの福音書1章~2章、詩篇76篇、箴言31章列王記第一1章~2章、創世記6章~9章、ローマ人への手紙16章、エゼキエル書9章8節~11節(Clay)

”あなたがたがたがの学んだ教え”、本格的に神学を勉強しようかな。

”平和の神は、すみやかに、あなたがたの足でサタンを踏み砕いてくださいます。”、この足でか。

2006年9月18日 (月)

ここ

20060918 ここに答がある。

学び会@長野キリスト集会

賛美
御手の中で、キリストは生きておられる

学び
テーマは"成熟と人格的成長"。

命より大切なもの。アイデンティティ。
・自己の肯定、自信、受容
・自己の時間的な連続性と、その延長線上の希望
・自己の存在する基盤

アイデンティティの喪失が起こっている。
例えば、リストカット、命を殺めて、自己の存在を確認する。
昨今のうつ病、ニートの増加。

神様に向かったアイデンティティの確立による人格的成長。
愛をもって心理、神の知恵を語り、一心に教えを実践するのが成熟。

釜飯

200609182 うまー

家庭での食事の感謝に賛美と福音を盛り込もう。

洋ナシ?

200609183 学び会@長野キリスト集会

賛美
主よ御手もて、イエスの許に

学び
テーマは"どうしたら心悩む人を理解できるか"。

ヨブに着目したセッション。

精神=心には4つの領域があるように思える。人格、性格それぞれの意識できる領域と無意識の領域。
人格の意識できる領域は悔い改め、人格の無意識の領域は救い、性格の意識できる領域は変えていいただく、性格の無意識の領域は精神医療、か?

困難、苦難を神様と関連付けてとらえること。

黒姫山

200609184 風が強い。

ヨハネの福音書21章、詩篇75篇、箴言30章、創世記5章、ローマ人への手紙15章、エゼキエル書9章1節〜7節(Clay)

主が"網をおろしなさい"と言われた通り伝道する。(人間を取る)
”定められた分の食物で私を養って下さい。”

リビングダイニング

20060917 整えられた間。

兄弟姉妹の証を聞く。
神様はそれぞれの者にそれぞれのご計画を作っておられる。

2006年9月17日 (日)

道、心理、命

200609172 学び会@長野キリスト集会

賛美
御手の中で、キリストは生きておられる

ケーススタディ
ケースは全てクリスチャンの例。

私も盗聴されていると思っていた経験がある。

苦しい症状とそこからくる言動の表れは薬の領域。
虚無などの心理的な面は教会の領域。
両輪のようである。

曇天

200609173 学び会@長野キリスト集会

賛美
君はわが身の

学び
テーマは"燃え尽き症候群"。

経験が重なる。
困難なプロジェクト、英語、禁煙、デスマーチとの対決、全部が終わった時、燃え尽き症候群、うつになった。
能力を超えた仕事や期待に応えようとしていた。

諸症状は全て体験した。性的逸脱が挙げられて、ハッとした。

クリスチャンとして生活を始めて、試練と言う苦しみがあるが、燃え尽きることはない。成長とキリストに立ち返るための適度な刺激として捉えることができる。
目的意識がはっきりしているし、何よりも、脱出口がある。

礼拝

200609174 聖餐式

初めてお邪魔しての式である。
葡萄酒。飲むか、飲まないか、葛藤があったが、朝、読んだ御言葉に支えられた。

人のそしりを恐れてはいけない。信仰によるのであるから良いのである。
葡萄ジュースでした・・・・・

気持ちいい朝

200609175 久しぶりに夜中に目が覚めたり、起きるのが辛かったりがなかった。

ヨハネの福音書20章、詩篇74篇、箴言29章、創世記4章、ローマ人への手紙14章、エゼキエル書8章14節〜18節(Clay)

復活。"見ずに信じるものは幸いです"

確かに人を恐れてろくなことはない。支配者に仕えることとは違う。

カインは正しくささげていない。何をしたんだろう。

"それ自体で汚れているものは何一つない""信仰から出ていないことは,、みな罪"全て神様の前に持っていこう。

ロッジ

200609165 木のいい匂い。落ち着く。

証をした。
今までの人生と今、生きている意味を感じる。
喜びがある。神様感謝します。

2006年9月16日 (土)

温泉

200609162 気持ちいい(´∀`)

ヨハネの福音書19章、詩篇73篇、箴言18章8〜9節(Clay)

悪者の末路は沢山のところに出て来る。
"悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。"この御言葉に集約されていると思う。

集会所

200609163 立派な集会所だな。

学び会@長野キリスト集会
テーマは"心の病に悩む人に仕える"。3日間かけて学ぶ。
今、一番に感心のあることである。この病気について知りたい。

賛美
つくられし者よ、救い主イエスと

学び
テーマは"援助者としての臨床倫理"

先生曰わく、経験上、人格の深部まで病んだケースはない。
なるほど!絶望にいたるものではない。

援助者に対して
・死に至るまで誠実であれるか。
・主の前にへりくだって、援助の役目を頂く
・プライバシー(祈り会も注意)
・限界を見極め、チームで取り組む

道中

200609164 長野に向かう道中である。

尼崎キリスト集会のクリスチャン二名と楽しく歓談。

礼拝についての話しになった。
私はまだ礼拝がうまくできない。賛美の言葉が浮かんでこないのである。
事前に台本を作るべきなのか。なんとなくピンと来ない。
聖書には"神の御霊によって礼拝をし"と書いてある。

天国で神様の前に立った時のことを思ってみるのが良いと教わった。
次回、実践してみよう。

2006年9月15日 (金)

くわずいも

200609153 アンバランスな葉が魅力的。

ヨハネの福音書18章、詩篇72篇、箴言28章、創世記3章、ローマ人への手紙12章~13章、エゼキエル書8章5節~13節(Clay)

ペテロは剣で人を打ったから、いきなり怖くなったんだろうな。

”聖い、生きた供え物としてささげなさい”、”一つのからだ”、”ひとりひとり互いに器官”、”愛は律法を全うします”、手紙に描かれているようなクリスチャンになれるのだろうか。

”死がひとりの人を通して来た”、、、
”いのちの木からもとって食べ”なくて良かったと本当に思う。
”血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。”
救われて良かった。

バイク

200609152 バイク欲しい。
正しくはバイクを手に入れて、人里離れたところに旅に出たい。
自然の中に一人でいる時が欲しいのである。
キャンプは経験があるので、移動手段が、と考えていた。車ではたいそうな感じがする。

目的の一つ"交わり"に熱心であることに反しているとは認識している。

聖書の神様の教え*1に従い"バイクとそれを楽しむ時を与えてください。家族が心配しないように守ってください。"と祈っていた。(”家族が心配しないように”は立て続け2回の事故歴あり)

今日、資金が与えられた。ムフフ(^_^)v
神様、感謝します。

*1聖書の神様の教え
それでも少ないというのなら、わたしはあなたにもっと多くのものを増し加えたであろう。(サムエル記第二12章8節)

神経内科

20060915 うつ病のため2週に一度、病院に通っている。うつ歴3年弱である。
休職中から仕事始めにかけて一時期、病状がなかったが再発した。

調子が悪くて、うつだと気付いた時はショックだった。クリスチャンもうつになるのか、、、
それ以来、ひどくなる一方である。
仕事があまりに苦痛なことと、じっくりと考える時間が欲しかったので、退職することに決めた。

今回はきちんと治療したい。”アルコールに走った”、こんなごまかしはもう嫌だ。
この苦しみも神様の前に持っていこう。

会社を辞めようと決心した経緯

主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。 しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」 (ルカの福音書10章41節~42節)
→どうしても必要なひとつを選ぼう。今は仕事が一日のほとんどの時間を閉めてるな

そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。 (マタイの福音書6章31節)
→後は住む所だな。主は”人の子には枕する所もありません”とおっしゃってるしな

主の祝福そのものが人を富ませ、人の苦労は何もそれに加えない。 (箴言10章22節)
→あ、何をしてても生活水準は変わらないんだ

2006年9月14日 (木)

セローム

200609142 アルコール依存症は悲しい病気である。
脳に特殊な回路ができているらしく、一生、治らない。
酒を飲まない、がまんする、しかない。
苦しんで回復した時、胸にぽっかり穴が空いて、生きる意味を失った自分がいた。
もともと意味を持っていなかった。それが辛くて酔っ払ってごまかしていたが正しいか。
信仰がないと耐えられない。回復できない人が本当に多いのが解る。
今は生きる理由が分からない。だから、5つの目的にかけてみたい。まだ具体的でない。
草を見ていたら、もっと身直に答えが有るような気もする。もっと自然にできるのではと思う。

良い天気

20060914 今日はすがすがしい良い天気。

最近、夜明けが遅くなってきたのと、気温が下がってきたので、早朝に起きれない。

ヨハネの福音書13章~17章、詩篇71篇、箴言27章、サムエル記第二23~24章、創世記2章、ローマ人への手紙9章~11章、エゼキエル書8章1節~4節(Clay)

最後の晩餐はいつも一気に読む。解らないところが多い。一生の内にすべてを理解できるのだろうか。13章1節”その愛を残るところなく示された”が気になった。十字架の前に”残るところなく”である。

”私が決して恥を見ないようにしてください”詩篇に私が良く使う祈りの言葉があった。

サムエル記はいきなり終わった感がある。人口調査がなぜ罪なのかはやっぱりわからない。民が悪かったからダビデを通して一連の事件が起こったと理解して良いのだろうか。

2006年9月13日 (水)

BLOG初日

200609123 BLOGおもしろい。

ヨハネの福音書12章

詩篇70篇

箴言26章

サムエル記第二22章

エゼキエル書7章23節~27節(Clay)

箴言26章4節”答えるな”と5節”答えよ”を記述した意図を知りたい。

気持ちいい雨

200609122 家内が”気持ちい雨が降っている”と言った。私もバイクで帰宅した時、雨に濡れて気持ちが良いと思った。じめじめしていない。

学び会@尼崎キリスト集会

聖歌 

480”輝く日を仰ぐとき”,460”わが胸にひびく歌あり”,521”キリストにはかえられません”

学び

□創世記5章21節~24節:エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。

□創世記5章29節:ノアの誕生

□創世記6章5節:悪が増大

□テモテへの手紙第二2章15節:自分を神にささげる

□ヘブル人への手紙12章4節~7節:訓練と思って耐え忍びなさい

□テモテへの手紙第二3章12節、15節~17節:十分に整えられた者となるため

□ユダの手紙14節~15節:エノクの預言

□ヘブル人への手紙11章5節~6節:信仰によって

エノクはアダムが622歳~930歳の時に生きている。直接、アダムから話を聞いたことだろう。

大洪水前の悪い時代であったが、神とともに歩んだ。

エノクの名前は言語的に”献げられた”、”訓練された”、”整えられた”と派生する意味があるらしい。それが、神とともに歩んだ、を表すのではないか。

我々もエノクのように信仰によって歩みたい。神は報いてくださる。

日記を書こう

20060912 日記に自分の成長を記録することは目的に導かれた人生を生きていく上で非常に重要、

とのこと。そこで聖書的活動を記録することにした。

私はまじめにクリスチャンとして霊的な成長をしたい。

こつこつ続けよう。

神様、どうかこのBLOGを祝福してください。

5つの目的
1.心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ(礼拝)
2.あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ(奉仕)
3.あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい(伝道)
4.父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授けなさい(交わり)
5.わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように(成長)
まだ、まだ、駆け出し、楽しみである。

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